トスカニーニ/NBC響のコンサート映像 Vol.4 (11/2)
The Television Concerts - 1948-52 Vol. 4
C. M. von Weber : "Euryanthe" Overture
J. Brahms : Symphony No.1 C minor, op.68
R. Wagner : "Lohengrin" Prelude to Act 1 / "Siegfried" Forest Murmurs / "Tristan und Isolde"
Prelude and Liebestod / "Goetterdaemmerung" Siegfried's Death and Funeral Music /
"Die Walkuere" Ride of the Valkyries
NBC Symphony Orchestra
Arturo Toscanini (comduct)
TESTAMENT SBDVD 1006
いつのまにか11月でやんの.....................
いや、もう全然書く気が起きなくて放置してました。我ながら酷いもんすね、全く。これじゃ「日記」どころか「月記」も通り越して「季記」になっちゃうって......
まぁ、書きたい時に書けばいいのです。と開き直っておいて、と........
ト スカニーニのNBC交響楽団とのライブは、よく知られた伝説になっております。レコードやCDでも出ていますが、時期的にもうTVは始まっているので、映 像も結構残っています。確か20年以上前にLDで全集みたいにして出てますが、その後も何かでまとめて出されてるし、多分ビデオカセットでも出たことある んじゃないかと思います。確か20年前のLDの時は、同時にビデオカセットでも出たんじゃないかな?
比較的最近では、EMI音源の発掘で有名なTESTAMENTがDVDにしています。で、あるところで、それを一枚千円くらいで売っていたのを買ってきました。まぁ、確かに、あまり売れないわな。
今回買ったのは、第2/3/4巻。その中の4巻を見ています。これには、1951年11月と12月、2回の中継が収められています。ブラームスの1番がメインのプロ、それにワーグナー・プロ。
1951年ですから、勿論画像はモノクロ、音声もモノラル。画質・音質共に良くないです。まぁ、流石に1950年代なので、それを考えるとまだましな方でしょう。テレビ中継用だったので、その分バランスは聞き易いという意味でいいみたいだし。
こ のDVDでの楽しみは、やはり映像、トスカニーニの指揮にあると思います。音楽がダメな訳ではないけれど、トスカニーニとNBC響の録音はCDでも出てい て、それなりに聞けるレベルなので、今更そこはアピールポイントにはならないだろうと。むしろ、トスカニーニの指揮が面白い。
い や、トスカニーニの指揮が、何か特別なものになっている訳ではないのです。むしろ、概ね知られている通り、速めのテンポで、しっかり振っていて、暗譜で。 ただ、この指揮が、とても分かり易くて明晰なんですね。見ていて気持ちいいくらい。曖昧とした所が無く、棒の表情も分かり易い。左手の指示も的確で、「無 駄がないなぁ」とつい思ってしまうくらい。
勿論、このDVDでも、ずーっとトスカニーニばかり追っ掛けている訳ではありませんが、やはりトスカニーニの指揮に目を引かれてしまう、そんな感じなのです。
ト スカニーニの演奏は、「新即物主義」などという言われ方をするスタイルに属することになっています。ただ、これ、一般的には、ドイツに於ける過剰なロマン 主義に対抗する形で生まれた考え方で、だから、元はドイツ語で Neue Sachlichkeit と呼ばれるものを日本語に訳したんですね。日本語で「即物的」っていうと、ちょっと否定的なニュアンスが漂いますが、これはちょっと考え直した方がいいよ うに思います。ちなみに、辞書を引くと、Sachlichkeit には、事実に即している、即物性、といった他に、客観性とか実用本意である、飾り気がない、といった意味もあるようです。そう思うと、日本語の「新即物主 義」という言い方には、それを普及させた者の意図めいたものを感じてしまいます。
こ の映像の頃、トスカニーニはもう80歳を越えています。それにして、この明快な指揮。動作は大きく、それでいて無駄が無く、的確で、それ故に美しい動き。 指揮の良し悪しはよく言われますが、見ていて「いいなぁ」と思う指揮は、それほど何処にでも転がっている訳ではありません。このトスカニーニの指揮を見て いると、とても音楽的な指揮だな、と思うのです。やたらと神秘めかして、それ故に神だの何だのとオカルトじみたことを言われるようなのとはもう全く違う。
指 揮というのが、音楽を演奏する為の一対他のコミュニケーションだとするなら、やたら神秘めかして言われる指揮は、実は、コミュニケーションの悪さを言って いるのだと思います。分かりにくいから、受け取る方が必死扱いてああでもないこうでもないと読み取って、それをさも大切な事であるかのように言う。その体 験が間違いだとは言わないけれど。でもその一方で、トスカニーニのこの指揮と、それにも拘らず極めて厳しく「トスカノーノ」なんぞと呼ばれるようなリハー サルをしたこととを考えると、これほどの指揮にして一体どれだけの事を言おうとしたのか、と思ってしまいます。
ブラームスの交響曲も勿論面白いのですが、この中ではローエングリンの前奏曲が面白いです。いい演奏です。過不足なく、「新客観主義」の名に恥じない演奏です。
C. M. von Weber : "Euryanthe" Overture
J. Brahms : Symphony No.1 C minor, op.68
R. Wagner : "Lohengrin" Prelude to Act 1 / "Siegfried" Forest Murmurs / "Tristan und Isolde"
Prelude and Liebestod / "Goetterdaemmerung" Siegfried's Death and Funeral Music /
"Die Walkuere" Ride of the Valkyries
NBC Symphony Orchestra
Arturo Toscanini (comduct)
TESTAMENT SBDVD 1006
いつのまにか11月でやんの.....................
いや、もう全然書く気が起きなくて放置してました。我ながら酷いもんすね、全く。これじゃ「日記」どころか「月記」も通り越して「季記」になっちゃうって......
まぁ、書きたい時に書けばいいのです。と開き直っておいて、と........
ト スカニーニのNBC交響楽団とのライブは、よく知られた伝説になっております。レコードやCDでも出ていますが、時期的にもうTVは始まっているので、映 像も結構残っています。確か20年以上前にLDで全集みたいにして出てますが、その後も何かでまとめて出されてるし、多分ビデオカセットでも出たことある んじゃないかと思います。確か20年前のLDの時は、同時にビデオカセットでも出たんじゃないかな?
比較的最近では、EMI音源の発掘で有名なTESTAMENTがDVDにしています。で、あるところで、それを一枚千円くらいで売っていたのを買ってきました。まぁ、確かに、あまり売れないわな。
今回買ったのは、第2/3/4巻。その中の4巻を見ています。これには、1951年11月と12月、2回の中継が収められています。ブラームスの1番がメインのプロ、それにワーグナー・プロ。
1951年ですから、勿論画像はモノクロ、音声もモノラル。画質・音質共に良くないです。まぁ、流石に1950年代なので、それを考えるとまだましな方でしょう。テレビ中継用だったので、その分バランスは聞き易いという意味でいいみたいだし。
こ のDVDでの楽しみは、やはり映像、トスカニーニの指揮にあると思います。音楽がダメな訳ではないけれど、トスカニーニとNBC響の録音はCDでも出てい て、それなりに聞けるレベルなので、今更そこはアピールポイントにはならないだろうと。むしろ、トスカニーニの指揮が面白い。
い や、トスカニーニの指揮が、何か特別なものになっている訳ではないのです。むしろ、概ね知られている通り、速めのテンポで、しっかり振っていて、暗譜で。 ただ、この指揮が、とても分かり易くて明晰なんですね。見ていて気持ちいいくらい。曖昧とした所が無く、棒の表情も分かり易い。左手の指示も的確で、「無 駄がないなぁ」とつい思ってしまうくらい。
勿論、このDVDでも、ずーっとトスカニーニばかり追っ掛けている訳ではありませんが、やはりトスカニーニの指揮に目を引かれてしまう、そんな感じなのです。
ト スカニーニの演奏は、「新即物主義」などという言われ方をするスタイルに属することになっています。ただ、これ、一般的には、ドイツに於ける過剰なロマン 主義に対抗する形で生まれた考え方で、だから、元はドイツ語で Neue Sachlichkeit と呼ばれるものを日本語に訳したんですね。日本語で「即物的」っていうと、ちょっと否定的なニュアンスが漂いますが、これはちょっと考え直した方がいいよ うに思います。ちなみに、辞書を引くと、Sachlichkeit には、事実に即している、即物性、といった他に、客観性とか実用本意である、飾り気がない、といった意味もあるようです。そう思うと、日本語の「新即物主 義」という言い方には、それを普及させた者の意図めいたものを感じてしまいます。
こ の映像の頃、トスカニーニはもう80歳を越えています。それにして、この明快な指揮。動作は大きく、それでいて無駄が無く、的確で、それ故に美しい動き。 指揮の良し悪しはよく言われますが、見ていて「いいなぁ」と思う指揮は、それほど何処にでも転がっている訳ではありません。このトスカニーニの指揮を見て いると、とても音楽的な指揮だな、と思うのです。やたらと神秘めかして、それ故に神だの何だのとオカルトじみたことを言われるようなのとはもう全く違う。
指 揮というのが、音楽を演奏する為の一対他のコミュニケーションだとするなら、やたら神秘めかして言われる指揮は、実は、コミュニケーションの悪さを言って いるのだと思います。分かりにくいから、受け取る方が必死扱いてああでもないこうでもないと読み取って、それをさも大切な事であるかのように言う。その体 験が間違いだとは言わないけれど。でもその一方で、トスカニーニのこの指揮と、それにも拘らず極めて厳しく「トスカノーノ」なんぞと呼ばれるようなリハー サルをしたこととを考えると、これほどの指揮にして一体どれだけの事を言おうとしたのか、と思ってしまいます。
ブラームスの交響曲も勿論面白いのですが、この中ではローエングリンの前奏曲が面白いです。いい演奏です。過不足なく、「新客観主義」の名に恥じない演奏です。
tag : トスカニーニ
ハイドン:太陽四重奏曲集 (op.20) (9/10)
ハイドン:弦楽四重奏曲第31~36番 作品20-1~6 Hob.III/31~36
ウルブリヒ弦楽四重奏団
DENON COCO-70733-4
夏がどうやら終わりそうです。このblogも夏休みを終えて、ぼつぼつ復活です。
え?いつ夏休みだなんて言ったかって?言ってなかったっけ?('-')/?
.......はい。さぼってただけです。だって暑いし、書く気しなかったし、それに殆ど見てる人いないし、いいじゃないですか、ねぇ。
閑話休題。
なんとなく夏を挟んで、そんな気も失せてしまったハイドン・イヤーですが、久々にハイドンを聞いております。
夏が終わったというけれど、真夏日になるかならないか、というくらいで、まだ十分暑いです。そういう時季には、ハイドンの弦楽四重奏なんてのはさっぱりしていて、なかなかいいかなと。
ハイドンは長年に渉って弦楽四重奏を書いています。今回は、作品20の6曲。1772年の作曲なので、40歳頃の作品ということになります。太陽四重奏曲集という通称があるそうですが、正直あまり知りませんでした。曲想からそのように名付けられている訳でなく、後に出版された楽譜の表紙の装飾画が太陽だったから、という、なんだかなぁ、という理由で付いたものだそうで。
演奏は、ウルブリヒ四重奏団。これまたよく知らない..... 往年の東独の四重奏団だそうで、ドレスデン・シュターツカペレのメンバーで構成されていたとか。
なんだかピリッとしないというか、格別の引きがなさそうな話で恐縮ですが、演奏にせよ曲にせよ、強烈な自己主張で惹き付ける、という音楽ではないんですね。そんなの聞いててつまらない?でも、そういう、押し付けがましくないところがいいのです。
作品番号20、と言われると、ハイドンとしては結構若書きなのか、という気もしてしまうところですが、この作品を書いたのは40歳頃。とても「若書き」という歳ではないですよね。この曲集、後年の、「皇帝」だとか「ひばり」のような個性はあまり感じないですし、完成度ではやはり上を行くものも多いかも知れません。でも、この控え目な、けれどよく出来た音楽を聞くのはなかなか楽しいものです。脱力する、というわけではないけれど、ほどよくクールダウンさせてくれる音楽でしょうか。
ま、そんな聞き方ってのもどうなんだ、という意見はあると思いますが、夏の間狂躁状態で過ごした身には、そういう時間というか、聞き方というのも必要なのかな、と思ったりするのではあります。
ま、またぼつぼつと聞いていくことにしましょう。
ウルブリヒ弦楽四重奏団
DENON COCO-70733-4
夏がどうやら終わりそうです。このblogも夏休みを終えて、ぼつぼつ復活です。
え?いつ夏休みだなんて言ったかって?言ってなかったっけ?('-')/?
.......はい。さぼってただけです。だって暑いし、書く気しなかったし、それに殆ど見てる人いないし、いいじゃないですか、ねぇ。
閑話休題。
なんとなく夏を挟んで、そんな気も失せてしまったハイドン・イヤーですが、久々にハイドンを聞いております。
夏が終わったというけれど、真夏日になるかならないか、というくらいで、まだ十分暑いです。そういう時季には、ハイドンの弦楽四重奏なんてのはさっぱりしていて、なかなかいいかなと。
ハイドンは長年に渉って弦楽四重奏を書いています。今回は、作品20の6曲。1772年の作曲なので、40歳頃の作品ということになります。太陽四重奏曲集という通称があるそうですが、正直あまり知りませんでした。曲想からそのように名付けられている訳でなく、後に出版された楽譜の表紙の装飾画が太陽だったから、という、なんだかなぁ、という理由で付いたものだそうで。
演奏は、ウルブリヒ四重奏団。これまたよく知らない..... 往年の東独の四重奏団だそうで、ドレスデン・シュターツカペレのメンバーで構成されていたとか。
なんだかピリッとしないというか、格別の引きがなさそうな話で恐縮ですが、演奏にせよ曲にせよ、強烈な自己主張で惹き付ける、という音楽ではないんですね。そんなの聞いててつまらない?でも、そういう、押し付けがましくないところがいいのです。
作品番号20、と言われると、ハイドンとしては結構若書きなのか、という気もしてしまうところですが、この作品を書いたのは40歳頃。とても「若書き」という歳ではないですよね。この曲集、後年の、「皇帝」だとか「ひばり」のような個性はあまり感じないですし、完成度ではやはり上を行くものも多いかも知れません。でも、この控え目な、けれどよく出来た音楽を聞くのはなかなか楽しいものです。脱力する、というわけではないけれど、ほどよくクールダウンさせてくれる音楽でしょうか。
ま、そんな聞き方ってのもどうなんだ、という意見はあると思いますが、夏の間狂躁状態で過ごした身には、そういう時間というか、聞き方というのも必要なのかな、と思ったりするのではあります。
ま、またぼつぼつと聞いていくことにしましょう。
アンセルメ/スイス・ロマンド管のボロディン (7/9)
A.Borodin : Symphony No.2 B minor / No.3 A minor / "Prince Igor" Overture, Polovtsian Dances / In the steppes of Central Asia
Choeur des Jeunes, Lausanne
Choeur de Radio, Lausanne
L'Orchestre de la Suisse Romande
Ernest Ansermet (conduct)
DECCA 480 0048
最近、blogを書かないのに慣れてしまいました(笑)だって、忙しいし.....
別館の方はマメに書いてますけど、こっちはいつでも書けると思うと存外ほったらかしに。引っ越して、アクセス数も激減したし(^^;
ま、そんなわけで久し振りの更新です。
最近相次いで出されている、エルネスト・アンセルメの録音を収めたデッカの廉価盤の一つです。ボロディンづくしということで、交響曲2番とグラズノフ補筆による第3番、歌劇「イーゴリ公」からの楽曲と「中央アジアの草原にて」が入っています。なかなか盛り沢山。
ボロディンは結構好きなのですが、意外と取り上げてなかったりします。大体が、聞かれる曲が少ない。正直、ここに収録されている曲、まぁイーゴリ公は全曲ですが、それに弦楽四重奏を入れればほぼ網羅したと言っていいと思います。
ボロディンが凄いな、と思うのは、これだけ作品が少ないのに、いずれも非常に魅力的な曲だということ。グラズノフやリムスキー=コルサコフらの助力もあるにせよ、どれもつい引き込まれてしまうのです。イーゴリ公なんて、決して出来のいいオペラとは言えないと思うのだけれど、音楽はとてもいい。だから、上演があればなんとか行きたいなと思うのでありますが、なかなかねぇ。
それはともかく、ボロディン好きにはたまらないこのCDですが、これがアンセルメの割に録音がいいのです。交響曲は1954年10月の録音、となっているのですが、これが結構聞けるのです。古臭い音を紗の向こうから聞く、なんていうことでは決してなく。まぁ、古いけど古臭くて我慢出来ない訳ではない、ってところでしょうか。
むしろ、ボロディンの一連の作品を、程々に格調高く演奏してくれるアンセルメ万歳!と言いたいのです。決して民俗音楽イロ物扱いではなく、けれどスクェアでもなく、きっちりと音楽をやっているのです。
交響曲の第2番は、カルロス・クライバーがよく取り上げていた事もあって、結構知られている曲ではあるようですが、日本ではあまり演奏されないような気がします。確かに、舞曲(それも古典ではなく)風だったり、雰囲気を出すのが難しそうだったり、一筋縄では行かないのかも知れませんが、本当は面白いんですけどね。
アンセルメ指揮のスイス・ロマンド管は、こういうのを過不足無く雰囲気出すのに上手いんですね。安心して聞いていられるので、尚の事いろんな所が見えて来たりして、面白い。今回聞いていて気付いたのは、第4楽章。これ、改めて聞くと、西部劇なんかで出て来そうな音楽なんですよね(笑)グローフェとかコープランドとか言われたら、あっさり騙されそうな気がします(苦笑)
「ダッタン人の踊り」とかは今更言うまでもないでしょう。
それにしても、アンセルメの録音ってこんなに良かったかなぁ、とつくづく思うのであります。これだと、他も期待していいのかな?
Choeur des Jeunes, Lausanne
Choeur de Radio, Lausanne
L'Orchestre de la Suisse Romande
Ernest Ansermet (conduct)
DECCA 480 0048
最近、blogを書かないのに慣れてしまいました(笑)だって、忙しいし.....
別館の方はマメに書いてますけど、こっちはいつでも書けると思うと存外ほったらかしに。引っ越して、アクセス数も激減したし(^^;
ま、そんなわけで久し振りの更新です。
最近相次いで出されている、エルネスト・アンセルメの録音を収めたデッカの廉価盤の一つです。ボロディンづくしということで、交響曲2番とグラズノフ補筆による第3番、歌劇「イーゴリ公」からの楽曲と「中央アジアの草原にて」が入っています。なかなか盛り沢山。
ボロディンは結構好きなのですが、意外と取り上げてなかったりします。大体が、聞かれる曲が少ない。正直、ここに収録されている曲、まぁイーゴリ公は全曲ですが、それに弦楽四重奏を入れればほぼ網羅したと言っていいと思います。
ボロディンが凄いな、と思うのは、これだけ作品が少ないのに、いずれも非常に魅力的な曲だということ。グラズノフやリムスキー=コルサコフらの助力もあるにせよ、どれもつい引き込まれてしまうのです。イーゴリ公なんて、決して出来のいいオペラとは言えないと思うのだけれど、音楽はとてもいい。だから、上演があればなんとか行きたいなと思うのでありますが、なかなかねぇ。
それはともかく、ボロディン好きにはたまらないこのCDですが、これがアンセルメの割に録音がいいのです。交響曲は1954年10月の録音、となっているのですが、これが結構聞けるのです。古臭い音を紗の向こうから聞く、なんていうことでは決してなく。まぁ、古いけど古臭くて我慢出来ない訳ではない、ってところでしょうか。
むしろ、ボロディンの一連の作品を、程々に格調高く演奏してくれるアンセルメ万歳!と言いたいのです。決して民俗音楽イロ物扱いではなく、けれどスクェアでもなく、きっちりと音楽をやっているのです。
交響曲の第2番は、カルロス・クライバーがよく取り上げていた事もあって、結構知られている曲ではあるようですが、日本ではあまり演奏されないような気がします。確かに、舞曲(それも古典ではなく)風だったり、雰囲気を出すのが難しそうだったり、一筋縄では行かないのかも知れませんが、本当は面白いんですけどね。
アンセルメ指揮のスイス・ロマンド管は、こういうのを過不足無く雰囲気出すのに上手いんですね。安心して聞いていられるので、尚の事いろんな所が見えて来たりして、面白い。今回聞いていて気付いたのは、第4楽章。これ、改めて聞くと、西部劇なんかで出て来そうな音楽なんですよね(笑)グローフェとかコープランドとか言われたら、あっさり騙されそうな気がします(苦笑)
「ダッタン人の踊り」とかは今更言うまでもないでしょう。
それにしても、アンセルメの録音ってこんなに良かったかなぁ、とつくづく思うのであります。これだと、他も期待していいのかな?
コープマンのハイドン交響曲 (6/27)
F.J.ハイドン:交響曲第44番 ホ短調 Hob.I : 44 <哀悼> / 第45番 嬰ヘ短調 Hob.I : 45 <告別> / 第49番 ヘ短調 Hob.I : 49 <受難>
アムステルダム・バロック管弦楽団
トン・コープマン (conduct)
ERATO / ワーナーミュージック WPCS-11111
3月に、トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・アンサンブルの公演を聞きに行きました。で、なかなか面白い演奏だったので、終演後によくある「CD購入者にサイン会」というのに並ぼうかな、と珍しく思ってしまったのでした。
でも、結構持ってたりするんですよね、コープマンの演奏って。持ってないのは何か無いか.....と色々見ていて、「おお、これ持ってないし」と思って買ったのが、このCDだったのであります。故に、このCDのジャケットにはコープマンのおざなりな雰囲気がなくもないサインが(笑)
1766年から1773年くらいまでのハイドンの作風を称して「疾風怒濤期」というのだそうです。まぁ、この呼び名の元になった文芸上の思潮などからして、あまりそう呼ぶには適当でないらしいのですが、そもそも「そういう呼び名があるのね~」てなもんなので、なんとも言い様がないのでして(笑)
その時期に当たる交響曲3曲を選んで収録しているのがこのCDです。その名も「哀悼」「告別」「受難」。例によって、一つとしてハイドン自身が付けた名称は無いそうです。
今年はハイドン・イヤーということで、ハイドンの曲を聞く機会も多く、交響曲も色々聞いていますが、ハイドンって、本当に弦五部さえきちっと聞ければ、ちゃんと聞けてしまうのが面白いというか凄いというか。
ライナーノートによると、この録音では、総勢16人で演奏しているとか。弦五部は3-3-2-1-1だそうで、かなりタイトな編成です。確かに言われてみるとバロックの古楽演奏みたいな響きでもあって、なるほどとは思うんですが、その割に違和感はありません。確かにハイドンの比較的若い頃の作品でもあるし、ということもあるでしょうけれど、まずはアムステルダム・バロック・アンサンブルの演奏が充実した響きを聞かせるから、というのが大きいと思います。しっかり聞かせてくれるので、小編成でも十分音楽を聞かせてくれる、といった所だと思うのです。
きちんと演奏されれば、編成に関わらずハイドンの交響曲は十分聞ける、の所以であります。まぁ、録音で聞いているから、というのもあるとは思いますが、ちゃんと聞こえるべき声部が聞こえれば違和感はない、というような。むしろ、このタイトな感じは聞く側を程良く集中させてくれます。いや、タイトではあるけれど、決して痩せた音ではありません。小編成なりに豊かな響きがある。
本来、いわゆる古楽演奏というのは私はあまり好きではないのですが、それも結局は演奏方法とその中身の問題。きちんと聞かせてくれれば否やはないのであります。
しかし、ハイドン・イヤーとして鳴り物入りで始まった今年ですが、半ばにしてちょっと失速気味というか、あまり注目度が上がらないようですね。この交響曲集など聞いていると、典雅な趣の中にも変化があって、結構面白いと思うのだけれど、やはり身振りの大きい大曲の方に目が行ってしまうのでしょうか。「ハイドンの交響曲=ザロモン・セット」みたいになってしまっているのもあるのかな。「初めてハイドンを聞きます」というような人だったら、むしろこの辺の曲の方がいいんじゃないかと思うんですけどね。ザロモン・セットを聞いていると、ついつい「モーツァルトでもいいや」「ベートーヴェンの方がいいや」「ロマン派の方がダイナミック」みたいになってしまうような気もしないでもないし。
アムステルダム・バロック管弦楽団
トン・コープマン (conduct)
ERATO / ワーナーミュージック WPCS-11111
3月に、トン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック・アンサンブルの公演を聞きに行きました。で、なかなか面白い演奏だったので、終演後によくある「CD購入者にサイン会」というのに並ぼうかな、と珍しく思ってしまったのでした。
でも、結構持ってたりするんですよね、コープマンの演奏って。持ってないのは何か無いか.....と色々見ていて、「おお、これ持ってないし」と思って買ったのが、このCDだったのであります。故に、このCDのジャケットにはコープマンのおざなりな雰囲気がなくもないサインが(笑)
1766年から1773年くらいまでのハイドンの作風を称して「疾風怒濤期」というのだそうです。まぁ、この呼び名の元になった文芸上の思潮などからして、あまりそう呼ぶには適当でないらしいのですが、そもそも「そういう呼び名があるのね~」てなもんなので、なんとも言い様がないのでして(笑)
その時期に当たる交響曲3曲を選んで収録しているのがこのCDです。その名も「哀悼」「告別」「受難」。例によって、一つとしてハイドン自身が付けた名称は無いそうです。
今年はハイドン・イヤーということで、ハイドンの曲を聞く機会も多く、交響曲も色々聞いていますが、ハイドンって、本当に弦五部さえきちっと聞ければ、ちゃんと聞けてしまうのが面白いというか凄いというか。
ライナーノートによると、この録音では、総勢16人で演奏しているとか。弦五部は3-3-2-1-1だそうで、かなりタイトな編成です。確かに言われてみるとバロックの古楽演奏みたいな響きでもあって、なるほどとは思うんですが、その割に違和感はありません。確かにハイドンの比較的若い頃の作品でもあるし、ということもあるでしょうけれど、まずはアムステルダム・バロック・アンサンブルの演奏が充実した響きを聞かせるから、というのが大きいと思います。しっかり聞かせてくれるので、小編成でも十分音楽を聞かせてくれる、といった所だと思うのです。
きちんと演奏されれば、編成に関わらずハイドンの交響曲は十分聞ける、の所以であります。まぁ、録音で聞いているから、というのもあるとは思いますが、ちゃんと聞こえるべき声部が聞こえれば違和感はない、というような。むしろ、このタイトな感じは聞く側を程良く集中させてくれます。いや、タイトではあるけれど、決して痩せた音ではありません。小編成なりに豊かな響きがある。
本来、いわゆる古楽演奏というのは私はあまり好きではないのですが、それも結局は演奏方法とその中身の問題。きちんと聞かせてくれれば否やはないのであります。
しかし、ハイドン・イヤーとして鳴り物入りで始まった今年ですが、半ばにしてちょっと失速気味というか、あまり注目度が上がらないようですね。この交響曲集など聞いていると、典雅な趣の中にも変化があって、結構面白いと思うのだけれど、やはり身振りの大きい大曲の方に目が行ってしまうのでしょうか。「ハイドンの交響曲=ザロモン・セット」みたいになってしまっているのもあるのかな。「初めてハイドンを聞きます」というような人だったら、むしろこの辺の曲の方がいいんじゃないかと思うんですけどね。ザロモン・セットを聞いていると、ついつい「モーツァルトでもいいや」「ベートーヴェンの方がいいや」「ロマン派の方がダイナミック」みたいになってしまうような気もしないでもないし。
リヒテルのソフィア・リサイタル (6/14)
ソフィア・リサイタル
ムソルグスキー:展覧会の絵
ラフマニノフ:前奏曲第23番嬰ト短調 op.32-12
シューベルト:楽興の時第1番ハ長調 D.780-1 / 即興曲第2番、第4番 D899-2,4
ショパン:練習曲第3番ホ長調 op.10-3 「別れの曲」
リスト:忘れられたワルツ第1番、第2番 S215-1,2 / 超絶技巧練習曲第5番、第11番 S139-5,11 「鬼火」、「夕べの調べ」
スヴャトスラフ・リヒテル (piano)
PHILIPS / ユニバーサル・クラシック UCCP-3495
リヒテルの1958年のソフィア・リサイタル。昔から名盤の誉れ高く、既に20年くらい前からNo Noise Systemだったかでリマスターされた録音を聞いていたので、このディスクは2代目であります。
このディスクも随分聞きました。なんだかんだ言って結構プアな録音ではあるのですが、やはり冒頭の「展覧会の絵」がインパクトが強かったのです。この録音をCDで入手した頃は、「展覧会の絵」ピアノ版、というと、有名どころの録音では、他にはホロヴィッツやアシュケナージくらいしか無かったんじゃないかと思います。
今でこそ実演でもCDでも盛んに演奏され,録音されていますが、20年くらい前はそこまで人口に膾炙した曲ではなかったような気がします。いや、聞く側以上に演奏する側にとってそうだったんじゃないか、という気もするのですが。
その頃だって決してマイナーな曲ではなかったと思うんですけど、ちょっとレパートリーとしては特殊と見られていたのかな、と。最近は若手ピアニストが出て来るとすぐリサイタルで弾いてたりするんですけどね。
まぁ、そんなこともあって、リヒテルの録音は随分繰り返し聞いたものです。第1曲、プロムナードのミスタッチまですっかり記憶してしまいました。
後から見ると、リヒテルのこの録音は、結構ヴィルトゥオーゾ・ピアニストとしてのリヒテルの演奏になっていて、実はリヒテルとしてはやや特殊なものなのかも知れません。シューベルトの「楽興の時」即興曲、ショパンの「別れの曲」なんかが入っているのでそんな気もしないのではありますが、1950年代のムソルグスキーは、今考える以上に技巧的な音楽と看做されていたんじゃないかと思うのです。まぁ、ソ連出身のリヒテルらにとっては、ムソルグスキーは自国の作曲家、ではあるので、その辺の事情はちょっと違うのかも知れませんが。
ただ、後年の、沈潜して行くようなシューベルトのソナタの演奏などとはやはりちょっと違うかな、という気がします。
しかし、久々に出して来て聞いたのですが、そうは言ってもやっぱりこのリヒテルも面白いです。演奏者としてのキャパシティの深さに裏打ちされた演奏、という感じですね。音楽というのは技巧だけではないけれど、技巧とかも含めた演奏力のある人の演奏は、やっぱり面白い、と思います。
ムソルグスキー:展覧会の絵
ラフマニノフ:前奏曲第23番嬰ト短調 op.32-12
シューベルト:楽興の時第1番ハ長調 D.780-1 / 即興曲第2番、第4番 D899-2,4
ショパン:練習曲第3番ホ長調 op.10-3 「別れの曲」
リスト:忘れられたワルツ第1番、第2番 S215-1,2 / 超絶技巧練習曲第5番、第11番 S139-5,11 「鬼火」、「夕べの調べ」
スヴャトスラフ・リヒテル (piano)
PHILIPS / ユニバーサル・クラシック UCCP-3495
リヒテルの1958年のソフィア・リサイタル。昔から名盤の誉れ高く、既に20年くらい前からNo Noise Systemだったかでリマスターされた録音を聞いていたので、このディスクは2代目であります。
このディスクも随分聞きました。なんだかんだ言って結構プアな録音ではあるのですが、やはり冒頭の「展覧会の絵」がインパクトが強かったのです。この録音をCDで入手した頃は、「展覧会の絵」ピアノ版、というと、有名どころの録音では、他にはホロヴィッツやアシュケナージくらいしか無かったんじゃないかと思います。
今でこそ実演でもCDでも盛んに演奏され,録音されていますが、20年くらい前はそこまで人口に膾炙した曲ではなかったような気がします。いや、聞く側以上に演奏する側にとってそうだったんじゃないか、という気もするのですが。
その頃だって決してマイナーな曲ではなかったと思うんですけど、ちょっとレパートリーとしては特殊と見られていたのかな、と。最近は若手ピアニストが出て来るとすぐリサイタルで弾いてたりするんですけどね。
まぁ、そんなこともあって、リヒテルの録音は随分繰り返し聞いたものです。第1曲、プロムナードのミスタッチまですっかり記憶してしまいました。
後から見ると、リヒテルのこの録音は、結構ヴィルトゥオーゾ・ピアニストとしてのリヒテルの演奏になっていて、実はリヒテルとしてはやや特殊なものなのかも知れません。シューベルトの「楽興の時」即興曲、ショパンの「別れの曲」なんかが入っているのでそんな気もしないのではありますが、1950年代のムソルグスキーは、今考える以上に技巧的な音楽と看做されていたんじゃないかと思うのです。まぁ、ソ連出身のリヒテルらにとっては、ムソルグスキーは自国の作曲家、ではあるので、その辺の事情はちょっと違うのかも知れませんが。
ただ、後年の、沈潜して行くようなシューベルトのソナタの演奏などとはやはりちょっと違うかな、という気がします。
しかし、久々に出して来て聞いたのですが、そうは言ってもやっぱりこのリヒテルも面白いです。演奏者としてのキャパシティの深さに裏打ちされた演奏、という感じですね。音楽というのは技巧だけではないけれど、技巧とかも含めた演奏力のある人の演奏は、やっぱり面白い、と思います。





