スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

グレゴリオ聖歌 (10/28)

The Ecclesiastical Year in Gregorian Chant
 Schola Cantorum of Amsterdam Students
 Wim van Gerven
 SONY SBK47670

 正直言うと、時々、「ん?何故自分は持っているのだ?」と思ってしまうCDというのがあります。つまり、買った(筈なんだけど)経緯とか全然覚えてない、というケースですね。まぁひどい話ですが、だって覚えてないんだもーん。覚えてないものはしょーがないじゃん。というわけで。
 このCDも、一体どういう経緯で何処で入手したのか、全然分からないんですよ。どっかのセールかなぁ。その割に、新しめのCDなんだけど.....2002年の発売らしいです。録音は1968年。

 演奏がどうとかとか、そういうことは、どうもグレゴリオ聖歌までくると、正直よく分かりません。良し悪しはあるだろうと思うんですけどね。ええ。
 でも、その割に結構グレゴリオ聖歌は聴いているかも知れません。独特の、近現代の調性主義とその逸脱の歴史で出来てきた音楽とは一線を画した音楽。ルネサンス期の音楽とも又違う。基本的に単旋律で和声という考え方も無い音楽。ま、そう言い切っちゃうと語弊もあるけれど。けれど、その単旋律の響きが何とも言えずいいのですよね。
 もう一つは、これほどに古い音楽でありながら、立派に「今そこに在る音楽」であること。つまり、グレゴリオ聖歌は、未だにカソリックに於いては、特に修道会などでは祈りの音楽として生きている、ということです。
 グレゴリオ聖歌に限らず、ある種の宗教曲というのは、それを演奏することが「祈り」であり、宗教活動そのものである、ということがあり得る故、幾ら古くても何処かに生きて現在にある部分があるのだと思います。
 その辺が、かくも古く今の自分からは遠く隔たった音楽であるにも関わらず、何処かにそこに至る道が繋がっているような気がする理由なのかも知れません。
 実際、決して「今に通ずるものがある」とか「癒しだ」なんて思って聞いてはいないのですが、そういう音楽を聞くことに違和感を感じないのも事実です。
 そういえば、以前、スイス南部のミュスタイアというところの修道院を見に行ったことがあるのですが、その礼拝堂に行った所、別室で修道士が聖歌を斉唱していたのをたまたま聞いたことがあります。なるほど、こういうところで歌ってこそこの音楽は響くのだな、とか思った一方で、実際にそれを歌うことを"音楽活動"ではない、別の確たる目的を以て歌う人がいるのだ、という事実に改めて気付かされたことがあります。その事実を確認したことは、私にはちょっとした驚きでもあって、そういうのが頭に残っているからこんな風に思うのかも知れません。

Schola Cantorum of Amsterdam Students という団体自体については、このCDのライナーには詳細情報が書かれていません。アムステルダムの学生のスコラ・カントルム。カントルムは合唱団くらいでいいのでしょうけど、ここでいう「学生」って、いわゆる大学生のこと?それとも、神学校の学生?考え出すときりがなさそうです。



スポンサーサイト
プロフィール

verdi

Author:verdi
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2ブックマーク
FC2カウンター
118,000アクセスくらい+
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。