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ショスタコーヴィッチ「死者の歌」(5/26)

D.Schostakovich Symphony No.1 F minor op.10
No.14 op.135

 Karita Mattila (S), Thomas Quasthoff (B)
 Berliner Philharmoniker
 Sir Simon Rattle (conduct)
EMI 0946 3 58077 2 1

 もっぱらモーツァルト・イヤーと騒がれている今年ですが、実はショスタコーヴィチ生誕100年という年でもあります。で、お約束でいろいろと録音が出てくるわけです。別にまぁ思い入れは無いのではありますが....で、このCDもそういう勢いでか、出て来たものです。今をときめくサイモン・ラトル卿率いるベルリン・フィルであります。クヴァストホフにカリタ・マッティラ。押さえるとこ押さえてます。

 正直言うと、それほどショスタコーヴィチは好きではありません。聞くには聞くんですが、ちょっとね、いろいろとまとわり付くものとか、表面的なあざとさとか、そういうものが少々鬱陶しい気はします。こういう言い方は語弊があるかも知れませんが、現代史として眺めるにはあざとすぎ、音楽として聞くには生々しすぎるというか。

 その中で、交響曲の14番、「死者の歌」と呼ばれるこの曲は、わりとよく聴きます。1969年、ある意味既に彼の立場も一応安定したらしい時期の作品ですが、随分風変わりな「交響曲」です。全11曲というか楽章というか、いずれもソプラノとバスの独唱ないし重唱による歌で構成されています。マーラーの「大地の歌」に準える向きもありますが、まぁそれにしても随分と風変わりです。
 風変わりですが、妙に惹かれるんですね。音楽的には、同時代の「西側」作曲家の現代作品と比べると、いや、シュニトケら新しい世代のソ連作曲家と比べても、新味は無いです。ただ、まぁ、既に「新しい刺激」を与えることが新作の条件みたいになっていたことを考えると、こういう曲が書けること自体が「大家」の「大家」たる所以かも知れません。新味の無い手法ながら、こういう手法が使い尽くされたとは言えないかも知れないですからね。
 いわゆる綺麗な音楽ではありません。歌詞はロシア語なのでよくわからない。なんで好んで聞くものか、なんですが、折に触れ聞いてしまうわけです。何でしょうね。一種の緊張感、それ以前のハリとでもいうようなものが感じられるかな。それかな?とか思います。別に他の曲をやってる時はダレてるでしょ、ってわけではないのですが、独特のハリがあるのですね、この曲の演奏の多くは。
 オリジナルの編成が小さいということもあるかも知れませんが、割と難しいんじゃないでしょうか。聞くだけの印象から言えば、音符が少なそうなんですよね。で、一つ一つの音がしっかりと性格付けられてしまっているので、下手なことが出来ない。聞こえちゃうから。そんな感じでしょうか?そんな風に感じる聞く側の緊張感のせい、かも知れませんが。

 ベルリン・フィルと言えども、いや、だからこそ、緊張感も満点。いい録音です。独唱も良好。こんなに整理されて綺麗になっちゃぁショスタコーヴィチじゃない、みたいな意見もあるかも知れませんが、自分はいいと思います。




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