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スティングのダウランド (3/6)

SONGS FROM THE LABYRINTH Music by John Dowland
 STING (vocals & archlute)
 Edin Karamazov (lute & archlute)
DEUTSCHE GRAMMOPHON 06025 170 3139

 私はロックは殆ど聴きませんが、まぁスティングがどのくらい売れてる人かというのはなんとなく知っています。どっかで聞いてるなぁ、という意識もある。で、そのスティングがダウランドの歌曲を入れたというのは、英BBCの出している音楽雑誌、BBC Musicで読んだのでした。
 BBC Musicは、クラシック系の音楽雑誌、但しそれなりにポピュラーな感じの雑誌ではあります。とはいえ付いてくるおまけCDは流石BBC、と唸らざるを得ないようなものでして、メシアンのトゥーランガリラ交響曲だったり、チャイコフスキーのカップリングがアレンスキーとバラキレフだったり、ちょっと日本の雑誌では考えられない世界であります。ちなみに最新号は、レスピーギのローマの噴水・松.....と、「鳥」。一捻りせずには居られないようです。
 で、斜め読みしただけだけど、何やらスティングも記者も大真面目のようなので、これは一体如何なるものかと思っていたのでした。で、聞きました。
 うん、面白い。

 ダウランド、エリザベス朝期の音楽家です。当然、リュートの伴奏で、歌うのも普通は古楽の訓練を積んだ歌手がソロで歌うか、合唱で歌うか、ですね。それがスタンダード。
 スティングは勿論そういう声ではありません。大体が歳取ったロックシンガーが、クラシック系の声楽家のような澄んだ声を持ってる方が不思議。嗄れ声、と言ってもいいくらいの声ですが、この声が表情豊かなのです。だから、歌として退屈しない。リュートの音自体も、一般によく聞かれる「典雅な響き」系統とは一味違って、より現代ギターに近いような響きに録音されています。その上、コーラスもスティングが自演している。つまり、多重録音なのです。
 そんなの、ダウランドじゃない?まぁ、それならそれでもいいのですが、それにしてもこの声の表現力は、人を惹きつけて離さないものがあります。

 スティングは、別にこういうものを録音しなければならなかった理由は無かった筈です。それでも、やりたかったんだろうな、とつくづく思います。オーソドックスかどうかはともかく、聞いていると、とても丁寧に歌っているのがよく分かります。この辺の歌曲なら、なんとか聞き取れれば一応意味は理解出来るくらいに現代語に近いのですが、こうした歌について、古楽系(というのはつまりクラシック系)の演奏者達は、どちらかというと音楽的な歌い方をします。つまり、私のようなノン・ネイティヴでそれほど語学力があるとは言えない人間にとっては、歌詞を聞き取り、意味を理解する、というのがやや難しい。歌声も綺麗で安定していて、よく訓練されている。発音もクリアではあるし、恐らくは正しい。スティングの嗄れ声より聞き取りやすいとも言える。ただ、最後のところで、歌詞を聞かせることよりは音楽であることを優先させる。
 それは決して間違っていない。けれど、スティングの歌は、何を言っているか、理解出来るのです。それは決して美しくは無い。けれど、私のような人間にも何を歌っているのか、ある程度聞き取れるのです。
 恐らく、スティングは歌詞を聞かせたいのだと思うのです。恋人を想って "To see, to hear, to touch, to kiss. to die" と歌う時、たとえばダウランドの定番演奏である The /consort of Musicke なら、とても滑らかに美しく歌い上げるけれど、その分歌詞は若干聞き取りにくいし、言葉一つ一つはむしろ均質になっていく。スティングは、よりごつごつとした歌い方で、けれども歌詞の一つ一つはよく聞き取れ、強く迫ってくる。

 これは、実は本質的な問題で、ダウランドがどうだとかどちらの演奏の方がいいとかいう次元ではない話に至ります。
 クラシックの場合、歌というのは音楽の一つとして見なされます。そこでは、歌詞が聞き取れ、玩味されるかどうか、というのは、時に「音楽としていいか」という視点と比較されることがあります。本来、クラシックに於いても、歌詞が聞き取れるか、というのは、ちゃんと歌えているか、という指標としても見なされますが、それを鑑賞する時、特に日本人などの場合、それは必ずしも重視されず、声の美しさを優先したりすることがあります。私自身そのように聞いていたりします。
 それはそれで悪くは無いのですが、ただ、一方で、歌というのは詩を伴っているもので、それこそが重要なのであり、だから、詩をどのように歌い、聞かせるか、理解させるか、というのが重要なのだ、という考え方もある。
 どちらがどう、ということではない。ただ、そういうものだし、恐らくスティングはここで後者の立場に立ってこのダウランドの歌曲を用いて「表現」をしているのだろうと思うのです。彼にとって、"To see...."の一節は、決してただの言葉遊びによるリズム感の表現だけではなく、その言葉に込められるものを表現されるべきものなのだろうと思うのです。

 勿論、これはあくまで私のようなスチャラカ日本人の感想であり、これをネイティヴ・イングリッシュあたりに尋ねれば、全く違った意見が返ってくるかも知れません。
 それでも、やはり、これは、「異端の演奏」や「ロック歌手による余技」ではなく、「もう一つの、歌として正統的な表現」なのではないかと思うのです。




TITLE: [DVD] スティング:ジャーニー&ラビリンス (4/24) URL: http://www.doblog.com/weblog/myblog/27955/2613673#2613673 IP: BLOG NAME: Verdiのレコード置き場 今日車で聴いたものblog DATE: 04/25/2007 02:56:46 スティング「ジャーニー&ラビリンス」  スティング (Vocal & Lute)  エディン・カラマーゾフ (Lute) Deutsche Grammophon/ユニバーサルクラシックス&ジャズ UCBG-1208 [
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