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[ラ・フォル・ジュルネ] ガーシュイン:ラプソディー・イン・ブルー (3/21)

G.Gershwin Rhapsody in Blue (Complete uncut version, scored by F. Grofe) / Pleludes for piano / Gershwin Songbook / Rhapsody in Blue (For solo piano)
 Philippe Entremont (piano)
 Philadelphia Orchestra
 Eugene Ormandy (conduct)
 Andre Watts (piano)
SONY CLASSICAL SBK89369

 [ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2007「民族のハーモニー」のサイトはこちら]

 「ラプソディー・イン・ブルー」といえば、山下洋輔がソロ・ピアノで演奏した盤があります。1986年の録音。未だ山下洋輔40そこそこ、かつてのフリー・ジャズの時代からは大人しくなってますが、いやいやなんというかおっそろしい「ジャズ」に仕上がってます。

 よく、ガーシュインやその「ラプソディー・イン・ブルー」を評して「ジャズとクラシック音楽の融合を果たした」などと言うことがあります。まぁ、そう言えばそうですね、という話ではあるのですが、個人的には、実はあんまり融合してないんじゃないかな、と思っています。どのように説明しようか非常に悩ましいのですが、平たく言えばこの曲、表向きの表現や語法はクラシック音楽なのに、スタイルがどうしても「ジャズ」という感じなんですね。そういって悪ければ、「様式」がクラシックとしては「無い」まんまで行ってしまう。でも、本当は、ジャズこそコード進行やリズムの揺らぎなど「語法」と、それをどうスポンティニアスに運用するかが肝の音楽で、クラシックはまず何よりも様式が大事な音楽。つまり引っ張ってくるところが逆なのかな、と。
 どうも、これがとても据わりが悪いようなのです。つまり、成功している演奏が実は少ない。この曲の演奏でいいと言えそうなのは、バーンスタインがコロンビア交響楽団を弾き振りで録音したものが筆頭でしょうが、その他が本当に無い。先年、小澤征爾がサイトウ・キネン・オーケストラとどこぞのピアノトリオと組んでやりましたが、録音されたのを聞く限りでは、やはり「何か変」でした。結局、出自が何であるかではなくて、この曲の玉虫色の属性を上手く綱渡り的に捌ける人でないと難しい。昔々アンドレ・プレヴィンと組んだのがコステラネッツ&His Orchestra でありましたが、あれなんかは良かったですけどね。でも、開き直ってジャズをやってしまうと、山下洋輔になってしまう。

 クラシックでやると、立ち行かなくなってしまうのです。オーケストラは基本的にクラシックだけど、時々ふらりとジャズの語法が顔を出す、という曖昧さがいいのですが、そんなに器用なオーケストラ、指揮者、ピアニストが居るわけではない。このCDの最初に入っている、アントルモン独奏・オーマンディー指揮フィラデルフィア管、というのも、確かに楽しいのだけど、よく聞くと「あれれ?」なのです。例えばアントルモンがジャズが出来てない。この人決して技術的に劣ってはいないし、フランスものなど結構いい演奏をするのですが、「ちょっとシンコペーション気味」みたいないい加減さが出ないのです。拍節感がしっかりしているというか.............オーケストラの方もほぼ同様。とてもシンフォニックなラプソディー・イン・ブルー。ただまぁ、ここが困ったもんで、クラシックの語法がきらりと光る場所は魅力的なのですねぇ、「クラシック」として。金管は流石に素晴らしいし、例の弦合奏が美しいややセンチメンタルな箇所はとってもいい。でも、これはとてもクラシック。それはまぁそれでいいんだけど。

 で、アンドレ・ワッツの演奏ですが、これがいいのです。
 先にスタイルが「ジャズ」と言ったけれど、正しくは、本来ジャズはスタイルとしては「自由形」みたいなもので、つまり、スタイルをどうするか自分の抽斗から適当に取り出してくるようなものでして。だから、山下洋輔にやらせると止まる所を知らない話になるのです。
 ワッツは、あくまでクラシックの語法に留まり、クラシックとして演奏しています。ただ、ここからが違うのは、ワッツがやっているのは、「楽譜通りの演奏」ではなく、「ここはこうだろうな」という細かい選択がなされていることです。この、楽譜から逸脱しても「ここはこう演奏するところだな」と思うように演奏するというのはジャズのスタイルそのものです。そして、彼には十分なクラシックの語法の裏付けがある。技術はリスト弾きで鳴らした人ですから心配ありません。
 ワッツは、明らかに管弦楽版を念頭に置いて、それに対しピアノソロでどう弾けばいいかを意識しています。例えば、管弦楽版ならピアノからオーケストラへ、或いは弦から管へ切り替わることで変化するところを、ピアノの音色の変化で鮮やかに切り替えてみせます。これは凄い。また、メロディの歌わせ方を微妙に変えて見せたり、本来楽譜に無い筈のブルースコードを加えることで、オリジナルより鮮明な印象を与えてみたり。
 要は、これ自体が十分「ガーシュイン作・ワッツ編」ラプソディー・イン・ブルーになっているのです。

 或いは、ガーシュインの書いた作品は、結局「素材」に過ぎないのかも知れません。彼の書いた他の多くのナンバーのように、然るべく演奏されることで、その時その時で完成されるのを待っている。それに気付いて、然るべく完成出来る演奏をされた時、この曲のいい演奏になるのかも知れません。バーンスタインや、山下洋輔や、ワッツは、その難問を解いてみせた人達なのでしょう。




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