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デッセイの「夢遊病の女」 (9/27)

V. Bellini : La Sonnambula
Natalie Dessay (soprano), Francesco Meli (tenor), etc.
 Orchestra & Chaeurs de l'Opera de Lyon
 Evelino Pido (conduct)
 Virgin Classics 00946 395138

 ナタリー・デッセイの新録音が出たので、聴いてみました。結論は.....うーん......いやまぁ、悪くは無いんだけど。

 実は、まだデッセイは生で聴いた覚えがありません。来日しても忙しくて聞きに行けなかったりというのと、海外でも縁がなかったりで。正直言えば、聴けなくてもそれほど惜しく思わないというのもありましたけども。
 デッセイが最初に鳴り物入りで紹介されたのは、確か7,8年くらい前、ドリーブの「ラクメ」を初めとしたアリア集の録音だったと思います。これは今でもどっかにある筈ですが、正直、あまり聴いてないんですよね。

 デッセイは、日本でも結構人気がありますし、今のコロラトューラソプラノでは一番人気かも知れません。でも、ちょっとねぇ。
 いや、確かに良く歌えてるかも知れません。声も転がってはいる。でも、まずもって声が細いんですよね。
 声が細くて何がいけないのか?だって、コロラトューラソプラノじゃないか。そういうもんだろう?という声が聞こえてきそうです。でも、やっぱり細いのは決して褒められたもんじゃないのです。声が細いということは、ダイナミズムを欠くということ。要は声の強弱、大小のコントロールの幅に限界があるわけで、コントロールに限度があれば、当然表現力の限界に繋がります。勿論デッセイはコントロールそれ自体は見事です。でも、それは確かに「コロラトューラな箇所」で集中する分、ブレス位置、ひいてはフレージングで如何にも不自由な印象を受けます。
 平たく言えば、すっきり歌に乗れないんですね。

 最近は略して「コロ」なんて言うらしいですが、やはり名前は正しく呼ぶべきだと思います。本当は「コロラトューラソプラノ歌手」なのです。つまり、まず初めに「歌手」でなければならない。次に、「ソプラノ」でなければならない。コロラトューラとは、その後で初めて発生する属性なのです。である以上、コロラトューラでない部分もきっちりやらなきゃいけない。そういう「普通の部分」で、どうも精彩を欠くのです。
 結局、デッセイの問題は、「コロラトューラ」と「ソプラノ」「歌手」とのアンバランスにあるのだと思います。聞いていて、どうも据わりが良くないんです。実は、グルベローヴァや、古くはサザランドなどは、このバランス加減がとても良かったのです。ちゃんと「ソプラノ歌手」の部分をきっちり出来る実力を持っていて、それ故に、「普通の部分」でも豊穣な音楽を展開出来る。
 この曲での名盤の一つに、サザランドがパヴァロッティらと共演したものがありますが、これを聞いていると、パヴァロッティの声も魅力なのだけど、サザランドがいいんですよ。普通のとこでも。安心して聞いていられる。そのへんがもう一つかなぁ。言えば、10人中8人は、サザランドの声とデッセイの声と、どっちが綺麗?と訊けば、デッセイと答えると思うのです。でも、歌唱としての魅力はどうかなぁ。

 デッセイ、生で聞けばきっといいと思うんです。でも、CDで繰り返し聞くことを思えば、やはり他に軍配が上がるかなぁ、と思わなくは無いのです。




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