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J.S.バッハ:ボストリッジのカンタータ第82番「我満ち足りたり」 (11/16)

J.S.Bach : Cantatas & Arias
BWV82a "Ich habe genug", BWV55 "Ich armer Mensch, ich Suendenknecht", etc.

Ian Bostridge (tenor)
Europa Galante
Fabio Ruisi (conduct)
Virgin 7243 5 45420 2 2

 今日はバッハのカンタータ。正直言うと、バッハのカンタータを聞くというよりは、独唱のイアン・ボストリッジを聞く、というのが本音ではありますが。

 バッハのカンタータ、BWV82a "Ich habe genug"。日本語に訳すと「我は満ち足りたり」なんて訳されるようです。英訳を見ると、It is enough. となっています。しかし、本当に直訳すると、I have enough. I have good enough. といえば、「もうお腹いっぱい、食べられない」という、実に人生楽しそうなニュアンスが漂います。なんでこんなしかつめらしい訳を付けるんだろう?

 いや本当に、ここはそんなに難しい顔をした場面では無いと思うのです。この Ich habe genug という言葉、詳しいことは忘れましたが、聖書の中の一場面で、ある老人がついに救世主(確か新約の方で、だから救世主はイエスになります)に巡り会えたことを喜び、或いは神に感謝してのものなのです。私は満ち足りています。ついに救世主に、信ずる者の希望に巡り会えたのだから。この上は、今すぐにも神に召されることを望みます、と。
 深刻ではありますね。確かに。でも、決して悪い話ではない(なんか変な表現だな)。

 ところが、ここにバッハは、長大にして短調の曲を付けてアリアとしたのです。この曲によく似たアリアがあります。或いは流用したのではなかったかとも思うのだけれど。マタイ受難曲の中で、最も感動的で、悲しみに満ちたアリアの一つ。「ペテロの否認」の場面でのアリアです。
 キリストの弟子を自認しながら、師の予言通り師を裏切る言葉を吐いてしまったペテロの嘆き、それを我がこととして歌うアリア。これと、むしろ目出度くすらある、このカンタータの「我満ちたれり」と歌うアリアが(しかもカンタータの第一曲で!)似ているというのは、一体どういうことなのでしょう。
 正直、何故こうも痛切な音楽で歌われねばならないのか。難しいです。難しいけれど、しかし、それとは別にこの痛切なる音楽の魅力は真っ直ぐで、抗い難いものがあります。
 果たして、バッハがこのカンタータを書いた当時の人々は、これを聞いてどう思ったのでしょう。目出度くすらあるこの言葉に、かくも深刻で哀し気な音楽...... 超前衛的な音楽にでも聞こえたのか。はたまた、そこに神に対する祈りでも聞いたものか。

 これを歌うボストリッジも、秀逸の一語に尽きる見事な歌唱を展開しています。このカンタータは、勿論冒頭の一曲だけで出来ているわけでもないし、CD自体は他にも幾つか曲が入っているのですが、この一曲の持つインパクトは大きいです。

 合奏は、ファビオ・ビオンディ率いるエウローパ・ガランテ。いわゆる古楽演奏ですが、ビオンディとエウローパ・ガランテは、知る人ぞ知る名手です。20年遅れのアーノンクール・ショック再来、というところだったと思います。ビブラートはやはり使わないし、よく聞くと音程がもう一つ安定感が足りなかったりするし。でも、少なくともこの録音では、外連味はそれほどなくて、聞いていて嫌味が無いのも結構なことです。




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