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ラザール・ベルマン/シューベルト ピアノ・ソナタ D.960 他 (1/13)

F.Shubert : Piano Sonata in B flat major, D.960
F.Liszt : Schubert Songs Transcriptions (Der Leiermann, Taeuschung, Gretchen am Spinnrade, Die junge Nonne, Ave Maria, Erlkoenig) / Mephisto-Waltz / Chapelle de Guillaume Tell (Annee de Pelerinage 1 Annee)
S.Rachmaninov : Marche Turque (after Beethoven)

 Lazar Berman (piano)
 DISCOVER INTERNATIONAL DICD 920164-5

 今日は寒かったせいもあるのでしょうか、結構アクセスを頂いたようです。そんでもって、日付が変わるとぱったり.......寒いから、皆さっさと寝ちゃったのかしら..........?
 閑話休題。

 ラザール・ベルマンというピアニスト、どの程度知られている、と言うより、人気があるのでしょうか。
 1930年生、2005年没。かつてギレリスに「自分とリヒテルと4手でかかっても敵わない」と言わしめ、その言葉のイメージ通り、リストの超絶技巧練習曲集の録音で鉄のカーテンの向こう側からデビューを果たしたピアニスト。こんなところでしょうか。今でも、リストの「巡礼の年報」や、カラヤンの指揮での、チャイコフスキーの協奏曲の録音などが手に入ります。ロシアの超絶系ピアニスト、というところでしょうか。

 私がベルマンを最初に聞いたのは学生の頃ですが、確かにリストの録音ではあったのですが、リスト編曲によるシューベルトの歌曲のピアノ演奏だったのです。水車屋の「どこへ?」とか、5曲、10曲はなかったと思うけれど、いずれも決して超絶技巧派の曲では無く、むしろメロディックなものでした。それはLPのB面で、A面は多分リストのピアノソナタじゃなかったかと思うのですが、もう忘れてしまいました。ただ、そのシューベルト編曲ものが鮮烈に記憶に残っています。
 技術がどうこうではなくて、そういうリストを弾く人、として。

 一般にリストは超絶技巧のピアニストのイメージで知られていると思います。事実、リストは超絶技巧の人として知られていたし、それを誇示するような作品も多く残しています。けれど、彼の音楽が必ずしも技巧を誇示する為のものとしてあったわけではない、というのもまた事実です。
 彼のものした多くのオペラや歌曲の編曲物は、必ずしもそうした音楽にアクセスすることが容易では無かった時代には、決して際物ではなく、真面目に音楽を紹介する手段としても機能していた面はあったわけです。また、彼のシューベルト歌曲の編曲は、基本的に元の歌曲から逸脱したものではありません。ただ、本来の伴奏に、歌自体を加えた音楽を一人で演奏するから大変だ、というだけのことなのです。音楽表現を豊かにする為の手段として技巧を求めた、というのがリストの音楽。その辺が、後々のロシア等の「技巧の為の技巧」を中心に据えた作品群とは違うのではないかと思います。

 私にとってのベルマンは、そういう、豊かな音楽を求めたリストの像と重なるのです。シューベルトをこよなく愛し、その編曲を書き続けたリスト。

 1992年6月27日、既に「壁」が崩壊し、ベルマンもイタリアに移住した後、ベルギーで行われた Juillet Musical d'Aulne という音楽祭での公演を録音したものです。
 実のところ、この音楽祭、2007年の内容を見る限りでは、それほど大規模ではないし、出演者もそれほどではないし、果たしてこのクレジットは本当なの?とちょっと思ってしまうのではあります。ただまぁ、一応ベルギーのレコード会社の手によるようだし、間違いではないのでしょう。
 当日の記録は無いので、想像ですが、2枚組で公演の全てを収めているのではないかと思います。1枚目がシューベルトの最後のソナタ、D.960。これが名演です。2枚目が、リスト編曲によるシューベルトの歌曲6曲。それにリストのメフィストワルツと巡礼の年報から一曲、そしてラフマニノフ編曲のトルコ行進曲。これはアンコールでしょうね。
 そう、どちらかというと、この公演、シューベルト中心のプログラムなのです。

 D.960ですが、素晴らしい演奏です。何がどう、という格別のことがある訳ではないのです。強いて言えば、インテンポで淡々としたように聞こえる演奏。けれど、シューベルトの歌心が遂にソナタの中に収まりどころを見つけたとも言えるこの曲では、むしろ淡々と演奏して、内在する歌が自然に歌い出すのを待つ方がいい演奏になるのだと思うのです。下手に表現しようと立ち回ってしまうと、却って折角の歌を矯めてしまうことになりかねないように思うのです。ハスキル然り、ルービンシュタイン然り、ポリーニ然り。ベルマンのこの演奏も、そうした歌心を理解した演奏ではないかと思うのです。まぁ、ライブということもあって、若干の揺らぎはありますが、十分です。
 勿論、この淡々とした演奏を維持出来るのは、相応のテクニックがあるからに他なりません。結局、楽譜に書かれている音符を追っ掛けるだけで精一杯になってしまうような音楽は、技術的には大変だけど、音楽としてはそれだけのことなんですよね。
 それと、ベルマンの演奏の清々としたこと。音色が澄んでいるのです。確かベルマンはこの頃にはイタリアのファツィオーリ社のピアノを使っている筈で、それが一因かも知れませんが、それにしてもこの音色は本当にこの時期のシューベルトに合います。
 この演奏、生で聞けたらどんなに素晴らしいかと思います。と同時に、これを聞いた後、恐らく後半を聞かなければならない「不幸」も。いや、正直言うと、このシューベルトを生で聴いたら、あとはもう聞きたくなくなっちゃうかも知れないなと思います。

 その後半の歌曲編曲ものですが、リストには悪いけど、やはりオリジナルの手によるD.960を聞いた後では、ちょっとね。曲も演奏も決して悪くはないですが、元の歌も知っている身としては、やはり限界があります。特に最後の「魔王」はちょっと苦しいですね。「歌って」しまっているのです。原曲には無いリタルダントも掛かってるし。何より魔王の語りが、遂に最後豹変する禍々しさは、やはり人の声には勝てないのではないかと。
 そんな中でいいのは、「アヴェ・マリア」。この曲は元々朗唱風のところがあるし、比較的テンポも緩いので、ピアノでの表現がしっくり来ていて、違和感があまりありません。
 メフィスト・ワルツ以下は、まぁ、そういう音楽ですね。勿論悪くはありません。でも、まぁ、あのシューベルトを聴いた後でこれを聞いても、どうかなぁ。

 このレーベルが今でもあるのかどうかも定かではないのですが、埋もれてしまうには惜しい演奏だと思います。ライブでこれだけの演奏というのはなかなかありませんから。




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