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グールド / 1959年 ザルツブルク リサイタル (6/21)

GLENN GOULD : SALZBURG RECITAL 25. August 1959
J.P.Sweelinck : Fantasia in D
A.Schoenberg : Suite fuer Klavier op.25
W.A.Mozart : Klaversonate C-Dur K.330
L.S.Bach : Goldberg Variationen BWV.988
 Glenn Gould (piano)
SONY SMK53474

 うう、忙しいっす...........煮詰まってますねぇ........

 グレン・グールド。もう四半世紀以上前に50歳そこそこで亡くなった、「コンサートをドロップアウトした」ピアニスト。いや、「音楽家」とか、「アーティスト」とか、はたまたいっそ「哲学者」とか、色々に呼ぶのが正しいのでしょうか?

 実際、人口に膾炙したクラシックの演奏家で、この人ほど長くカリスマorアイコンorアイドルとしての地位を保っている人も珍しいと思います。これ以外では、カラヤンくらいしかいないんじゃないでしょうか。ただ、グールドが強烈なのは、知的ブランドとして機能しているというところでしょう。
 ある人達は、村上春樹からグールドに入り、またある人達は坂本龍一からグールドに入り、また別の人は浅田彰だか誰だかから入り、しまいには木村拓哉から入る、という具合。嫌味な言い方をすれば、グールドを聞く、好むというのは、自分を知的に演出する為のアイテムの一つなのです。そして、その装いは、亡くなって四半世紀を過ぎた今でも十分機能する、というところが恐ろしいというべきか。
 いや、決してそうしたファッションとしてのグールドの使われ方だけでなく、もう少し真面目に音楽家、ピアニストとして云々する人々にしても、未だにグールドは非常に興味深い対象であるようなのです。グールドを云々すれば、取り敢えず皆引っ掛かってくれる(騙される、と言う意味ではないですよ)、しかもそれによって知的であるという演出も可能、そんな雰囲気なのです。
 端的に言って、グールドは、便利な記号なのです。

 そのグールドが、生前、コンサートを拒絶して録音による演奏発表を中心とした中で、録音を編集することについて大体こんなようなことを言っています。

 コンサートは一回限りのもので、しかもやり直しが効かない(「Take 2 がない」。むしろ、編集によって自らがあるべきと思う姿へと作り上げていくことが出来る録音の方がいい。
 更には、聞き手による音楽の選択を可能にする為にも、演奏を幾つかのパーツに分けて複数通り用意し、最終の完成形は聞き手の好みによって決めることが出来るようになればいい。
 (前者は比較的良く知られていますが、後者は、一部の対談形式のエッセイなどで述べられている程度なので、あまり知られていないかも知れませんが。)

 これ、ある面では「危険思想」ですし、それ故にグールドを「非常に進んだ」音楽家として認知させる契機にもなったのではあります。ただ、そうしたこと故にグールドは確かに「先進的音楽家」ということにはなっているけれど、彼が亡くなったのは1982年なのです。つまり、グールドはCDなんてものは知らなかった。今なら、ある録音を部分毎に取り出して組み替えるなんてことは容易な話になっています。技術の進化はグールドの想定をとっくに越えてしまいました。
 いや、それ以上に、例えばipod shuffleの基本思想って、「次に何が来るか分からない」という状態を楽しむ所にあると思うのです。そこに入っているものこそ自分で選び取ったものだけれど、次に何を聴くか、どのような順序で聴くかは、演奏家の意思はおろか、聞き手の意思すら介入せず、機械がランダムに決めている。ここではもはや「誰の作品か」ということすら重視されなくなりつつあるのです。
 勿論、グールドの演奏は曲によるにせよ特徴的ではあるので、ipodから聞こえてくればそれと分かってしまうのでしょうけれど。でも、それは言い換えれば、「グールドである」という事実への依存度が高いということでもあるのでして。

 音楽家として最も先進的と看做される演奏家だったグールドの人気が、実は旧来の縛りである「演奏家」という個人の属性に最も依存しているという皮肉な事実。

 この録音は、グールドが1959年夏のザルツブルク音楽祭で開いたリサイタルのライブ録音です。演奏自体は私は嫌いではないんですが、当たり前のことながら、この録音が相応に価値のあるものとして遇されている一因には、やはり「グールドである」という事があるのは否めません。決して貶めて言う訳ではないのです。ただ、この事実、果たしてグールド自身にとってはどのように受け止められる話なのでしょうね。
 ......まぁ、そんな風に考える事自体、健全ではないんでしょうけど。

 グールドの演奏それ自体は面白いです。あまり唸ってないのもポイントが高い(苦笑)
 メインのゴールドベルクは、いわゆる最初の録音のアプローチとほぼ同系統です。ライブ故の傷、と思われるようなところが無いのは流石に凄い。表現上のわずかなアンバランス感が幾つかある、という程度でしょうか。それも含めていい演奏。
 だけれど、好き嫌いを言えば、むしろゴールドベルクの前に入っている曲の方が音楽としては好きです。特に冒頭のスヴェーリンク。グールドのバロック音楽では、バードやギボンズなどの作品を録音したものがありましたが、あれに連なる系統の演奏です。いや、時期としてはこのスヴェーリンクの方が先ですね。独特の気怠さと寂寥感を感じさせる、なんとも言えない演奏です。まぁ、この辺の曲は、スタンダード的には、レオンハルトあたりのチェンバロ演奏で耳をブラッシュアップして貰った方がいいかも知れませんが....




AUTHOR: preludio DATE: 06/23/2008 06:07:51 理由はともあれ、わたしもグールド好きの一人なんですけど(笑)
やっぱりバッハですよね。
グールドの弾くベートーベンは
どうしても好きなれないんです。
速すぎたり遅すぎたりして‥‥解釈が?だったりして。
とにかく個性的なピアニストだと思います。
彼のバッハは完璧な演奏に聴こえます。。
うなり声が、なければ‥ですけど(笑)
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